京都三条大橋から江戸日本橋を東海道五拾三次で目指す旅。前回は浜名湖の舞阪宿から出発し静岡市の府中宿で終了した。今回のメインは、薩埵峠と富士川で富士山を官能する事、箱根峠を旧東海道で登る事。この二点に重きを置く。もちろん、静岡への交通費は最小限に抑えたい。関西から静岡市までの交通機関を下調べすると、新幹線指定席で10,880円、自由席でも10,360円。さすが超特急、新大阪から1時間50分で着くが、却下。JRの鈍行列車乗り継ぎだと6,260円、6時間ほど掛かる。高速バス早割りだと4,000円ほど、でも自転車を乗せられない。バス会社さん、自転車壊れても文句言いませんから、ぜひ輪行可能に戻してほしい。自家用車の場合、高速道路を使うと吹田からETC深夜割引きで5,460円+ガソリン代5,000円で1万円越え。名阪国道と国道1号バイパス乗り継ぎコース、いわゆる地道でもなんじゃかんじゃ6,000円は掛かる。二人で行けば3,000円、三人だと2,000円。でも自転車3台は積めないか。ということで春の青春18きっぷの発売を待ち2,370円で行く事にした。
天気も気になるところ。薩埵峠から望む富士山は、ぜひとも晴天がいいに決っている。箱根峠からも芦ノ湖と富士山を晴天で望みたい。週間天気予報を毎日確認しながら、行くのか行かないのか、どうすんねん。
地元の駅から快速に乗る。最近、JRの車掌さんは女性が多くなってきたなぁ。
尼崎からJR西日本 新快速の米原行き。おお!今度も女子車掌さん。
米原からJR東海 普通電車の大垣行き。おっと~!またまた女子車掌さん。
大垣からJR東海 特別快速の豊橋行き。見えにくいが乗務員室内でアナウンスしているのは、なんと女子車掌さん!
豊橋からJR東海 普通電車の浜松行き。運命を感じる、女子車掌さん5連続。
JR東海 ホームライナー静岡6号、静岡行き。あぁ残念!車掌さんは野郎君だった。ホームライナー静岡は乗車整理券320円を購入すると青春18きっぷでも乗れる。浜松到着ですでに5時間が経過、ああ腰が痛い。乗車整理券320円は余分な出費だが、腰のため乗ってみる。
ホームライナー静岡は「特急ワイドビューふじかわ」に使われている373系電車。全席指定のリクライニングシートで、浜松静岡の1時間を特急クオリティの車内でおにぎりなど食し優雅に過ごす。
乗車整理券はシートのポケットに入れときましょ。
ということで、6時間越えの鈍行旅を終え、静岡駅に到着。お代は青春18きっぷとホームライナー静岡の乗車整理券で、しめて2,690円なり。通常6,800円掛かる。半額以下ととってもリーズナブル。
浮いた交通費は晩ご飯につぎ込みましょう。静岡名物といえば、静岡おでん。静岡市内にはその昔200台ものおでん屋台が軒を連ね日本一の屋台街となっていたが、近代化都市開発により移転集約されてしまった。今では青葉おでん街と青葉横丁が、昭和にタイムスリップしたかのようなレトロな雰囲気を醸し出す。こちらは青葉横丁。
こちらは、青葉おでん街。こっちの方が派手だねぇ。
どのおでん屋さんも店の間口は狭く、カウンターに6~7人も座れば満員。「えびす」というコワモテだが気の良さそうな笑顔のイイ大将の店に入ってみる。
やっぱり、おでんには日本酒。おまかせで、黒はんぺん、牛すじ、しのだまき。黒はんぺんは関西では見掛けない。
続いて、白焼、大根、あとは何か忘れた。かつお節粉をかけて食う。白焼も関西では見掛けない。
1時間半ほど、気のいい大将とひたすらしゃべり、客の若者韓国人をアテに、旨いおでんと日本酒をいただいた。
酔い覚ましに銭湯。静岡市内にはいわゆる銭湯はもう2軒しかない。ここは桜湯、まずはナイスなたたずまい。
ゲタ箱はコレ! もう完璧である。
なんと10時間営業。夜中の12時まで入れる。
番台のおじいちゃん、冷蔵庫の牛乳、10円ドライヤー、そして指名手配。完璧な銭湯とは、ここ桜湯といっても過言ではない。当然ながら、湯船も、ロッカーも完璧な昭和クオリティー。いつまでもこのクオリティーを継続あれ。
さっぱりしたところで、静岡の街を彷徨うのであった。
コスト優先の自転車旅。ネットカフェは仮眠には最高。
ネットカフェ 快活CLUBは、ナイト9時間パックで1,540円。ドリンク飲み放題、ネットつなぎ放題、コミック読み放題。でもフルフラット席で爆睡するのみ。
府中宿
天保14年(1843年)の東海道宿村大概帳によると、府中宿は、本陣2軒、脇本陣2軒、旅籠43軒、家数3,673軒、人口1万4,071人。東海道では大津宿に次いで2番目に人口の多い宿場町。駿河国府のあった所で駿府ともいう。安倍川近くの安倍川町は遊女の町で、江戸に移って吉原をおこした。江戸日本橋まで、あと44里24町45間。
出遅れた感の朝6時半にネットカフェ 快活CLUBを出発。ひとまず安倍川にやって来た。今日もいい天気、寒さも和らぎ絶好のサイクリング日和。橋を渡る自転車女子高生も元気そうだ。
安倍川橋の西に望む賤機山のシルエットは、歌川広重の画にある山とよく似ているが、川渡しの方角とは合わないのでは、という意見もあるが、そんな事もなさそうだ。それを確認したかった。という事で、府中 安倍川を差し替えてみる。
府中 安倍川
歌川広重 東海道五拾三次 府中 安倍川 保永堂版
駿府城の城下町にある府中宿は安倍川餅と幕府公認の遊郭二丁目で知られていた。広重の画は宿場の西はずれを流れる安倍川の風景。女たちの一行が屈強な人足たちに輦台や肩車で担がれ渡されている。対岸からは馬の背に荷を乗せた男たちが渡ってくる。さらに向こうには状箱を濡らさないように頭上に高く捧げ持った飛脚や、客の荷物を頭に載せた人足と、その荷物の主が裸で人足に導かれて徒歩で渡っている。
現代は安倍川橋が架かり、徒歩でも自転車でも楽々渡れる。並べて見ると山と渡しと橋の方角はマッチしているように思う。
安倍川餅の老舗、石部屋(せきべや)。創業文化元年(1804年)と、200年以上の歴史を持つ。安倍川餅、食いたかったが、まだ開いてない。
札の辻跡、今は伊勢丹。
呉服町のスクランブル交差点を左折する。
上伝馬本陣跡は東急スクエア。
府中宿の東の入り口、東見附。静岡鉄道、略して「しずてつ」の A3000形電車が過ぎていく。2016年導入のバリバリ新車。
JRの車両基地で広範囲に渡り寸断され消滅してしまった旧東海道。ガード下をくぐる。
今日もいい天気! 朝もやに浮かび上がる巨大な富士山。毎日見られる静岡人はやっぱり贅沢モンだな。
こちらは、しずてつ1000形電車。1973年製造のがんばるオッサン電車。
JR貨物コンテナヤードで寸断され消滅した旧東海道。ツブしておいて記念碑を建てる。
江尻宿
上段:今昔マップon the web 明治29年測図 明治42年発行地形図 下段:Google Map 2018
天保14年(1843年)の東海道宿村大概帳によると、江尻宿は、本陣2、脇本陣3、旅籠屋50、家数1,340軒、中世以来の宿場町で、江尻津という港があり陸と海の要所として栄えた。江尻津は江戸時代に清水港と名を変えた。。江尻からは三保松原が近く、久能山への道が分かれる。江戸日本橋まで、あと41里35町45間。
追分羊かんは清水の名物。残念ながらまだ開いてない。
巴川に架かる稚児橋には河童がいる。
慶長十六年(1611)に家康の命令で橋が架けられた。渡り初めの際、先頭を歩いていた老夫婦の前に奇児が川より現れて、駿府の方角へ去っていった。とさ。
清水の銀座。その名も清水銀座商店街。まだ店のシャッターは降りたまま、人通りもほとんどない。
昭和の香りがプンプンする清水銀座商店街の辺りが、本陣などのある江尻宿の中心だった。朝なので閑散としている。
イケてる古民家がようやくあった。
旧街道をはずれて、JR清水駅の方へ行ってみると、さすが清水、マグロ専門店もある。
こちらは清水駅前銀座。朝なので閑散としているが、うまそうな魚料理の店が軒を連ねる。
清水駅前銀座商店街を通り抜けると、飲み屋街もあったり。
しずてつ新清水駅にやってきた。早朝の新清水駅を写真に収めるナゾの中国人女の子2人組みと一緒に写真を撮る。なぜ新清水駅方面に来たかと言うと、歌川広重の江尻宿の画は久能山から見晴らした三保から伊豆を望む清水港を描いたものだから。ドローンも無いし、どこかに高い場所か建物でもないかとさまよう。
清水といえば清水エスパルス。エスパルスドリームプラザは商業施設と遊園地がある楽しげな場所。ちびまる子ちゃんランドもあるようだ。観覧車に乗れば俯瞰で清水港を見下ろせるかも。でもまだ回っていないようだ。他を探そう。
シースルーエレベータのあるホテルなのかマンションなのかよく分からない14階建ての建物があった。中から出てきた女性に何なのか聞くとマンションだと。上に昇らせてとお願いすると、快くOKしてもらった。右方向は、三保の松原方面、遠くに松原が見える。
左方向はどどーんと富士山。あっぱれ富士山。富士は日本一の山。いやいや世界遺産、世界一の山。
江尻 三保遠望
歌川広重 東海道五拾三次 江尻 三保遠望 保永堂版
広重の江尻宿の画は、東海道名所図会 巻之四にある在久能山上望三保崎という挿絵を利用した構図。左奥の山は愛鷹山で、陸地の先端に見える尖った山は鷲頭山。中央の木々が生い茂った砂嘴が羽衣伝説の三保の松原。なぜか富士山から連なる伊豆半島は省かれている。手前の海に面して軒を連ねる家並みは、江尻と巴川をはさんで隣接した清水の港町。
高層マンションの14階から清水港を見下ろす。三保には埋め立てられた工場が張り出し松原はわずかにしか望めない。遠方の富士は見事なり。