自転車でしまなみ海道

四国松山の島民だった子供の頃、金持ちの友達の家には屋根の上に高いアンテナを立てていて、海の向こうの広島のテレビ局の放送を見せてもらった。その当時、民放2局しか映らない自宅のテレビでは見られないドリフやアニメを見せてもらった。やがてうちにもブースターアンテナを設置することになり、広島のテレビを見ることができるようになった。憧れの番組だけでなく、そこに映るのは新幹線や高速道路、ナイター設備のあるプロ野球球場など広島といえど四国にはないものが煌びやかに見えた。都会への憧れが芽生えたのはその頃だったように思い出す。

やがて四国と本州が橋で繋がる夢の本州四国連絡道路なるものが3ルートも開通する。昭和63年に児島坂出ルートいわゆる瀬戸大橋が開通し、車と鉄道で海を渡ることができるようになった。平成10年には神戸鳴門ルートが全線開通し世界一の明石海峡大橋を渡り淡路島を経由し鳴門の渦潮を越えて四国入りできるようになった。そして平成11年には尾道今治ルート通称しまなみ海道が開通し、瀬戸内海に浮かぶ島々を幾多の橋で結ぶ。

しまなみ海道は歩道と自転車道が整備され徒歩や自転車で渡ることができる。四国からは船か飛行機でしか行けなかった本州に歩いても渡れる時代となった。四国生まれの島民としては瀬戸内海を自分の足で渡るしかないと自転車で松山の実家を目指した。

まずは、しまなみ海道のスタート地点である尾道を目指す。伊丹から尾道までおよそ300km自転車で行きたかったが土日を利用しての旅であり時間が無い。本音のところは根性が無い。車に自転車を積んで行く事も考えたが、再び尾道に戻らなくてはならない制約が生じる。自由に進路を決めたいタチなので電車を利用し輪行で行くことにした。仕事終わりの金曜日の晩、会社のみんなに励まされ一旦帰宅する。うちに帰りどたばたと携行品の準備に取り掛かる。前もって準備のできないタイプなのだ。

自転車はUGOなんちゃってマウンテンバイク。自転車に無知であったためデザインと折りたためるという理由で衝動的にヨドバシポイントで手に入れた。荷台が無いので携行品はリュックとウエストバックに入れるしかない。輪行バックも無知が故に重くかさ張るシボレーを同じくヨドバシポイントで準備してしまった。この辺りは無知が故にゆくゆく後悔する事になる。

着替えと洗面道具、カメラ、財布、携帯電話、輪行バックがおもな持ちもの。荷物は少ないほうがよい。リュックの中身の大半を占めるのがシボレー輪行バック。リュックが肩に重く圧し掛かる。

奥さんと息子そして産まれて半年の娘に別れを告げ、最寄駅のJR中山寺駅に向かう。時刻は19時前だった。駅までは5分ほどで着く。駅のエレベータ前で、自転車を折りたたみ、ハンドルバーを外し、そして輪行バックに入れるがジッパーが完全に閉まらずハンドル部分がはみ出している。輪行ルートは中山寺駅からJR宝塚線で尼崎駅乗り換え、新快速で姫路を目指す。姫路からは山陽線各駅停車で岡山、福山を経て尾道駅へ。日付が変わる直前、5時間ほどの旅で尾道に到着する。宝塚線は上り列車のため空いていたが、尼崎からの新快速が帰宅ラッシュのため最悪の状況となる。満員のところへリュックを担ぎ自転車を抱えた男がねじり込まなければならない。顰蹙の視線を浴びながら申し訳ないオーラを全身で表現し乗り込んだ。姫路駅で食料とビールを買い込み岡山行きの各駅停車内で明日の期待を膨らませ晩飯を食った。

日付の変わる頃、ひと気の無い尾道駅に降り立つ。自転車を組み立て、輪行バックをリュックに詰め込み、今日の宿を探し深夜の尾道の街を流す。あては無く、最悪野宿でもいいかなと思っていたがすぐにホテル港屋という安宿を見つけた。

ホテル港屋は、素泊まり4,000円也。自転車はロビーの中に入れておいて良いと言われる。夜中の来訪にも気持ちよく応対してくれた。風呂に入り明日のため、さっさと眠りについた。

翌朝は5時半起床、6時には宿を後にする。ホテルのご主人に自転車を褒めてもらうが、なんちゃってマウンテンバイクなので気恥ずかしい。

朝のすがすがしい空気を吸いながら海辺の道を走る。潮の香りと相まって今日への期待が盛り上がる。山の上にそびえる尾道城の天守閣が見えるが、歴史的な価値は無く廃墟と化しているようだ。

前情報によると尾道の200~300mほどの海峡を挟んだ向かいにあるその名も向島に渡るには、尾道大橋としまなみ海道の新尾道大橋という2本の橋が架かっているが、路肩が狭く自転車で通る事は推奨されていない。その代わり渡し舟が街のあちこちにありこちらを利用することにした。いくつかの渡船乗り場を眺めながら自転車を走らす。

渡船は乗船運賃100円、4~5分の船旅。住人の足として活躍しているが乗り慣れない者にとっては新鮮な体験でとても旅情を感じる。

渡船の中から尾道大橋と新尾道大橋が見える。

向島に降り立ち第一歩を記すが、待合所に居た係りの女性が話し掛けてくれた。2,3分しまなみ海道のことを喋り、これが便利だからと折りたたまれたパンフレットのような地図を手渡された。

ひとまず船着場の近くの堤防に寄り道。向島から海峡をへだてた尾道市内をしばらく眺めていた。

こちら側から見ると尾道の街が坂の街だという事がよく分かる。海側にはビルが建ち並ぶが、千光寺や尾道城の山が迫り、山にへばりつくように家々がひしめき合っている。大林監督の尾道三部作のイメージどおり、とても魅力的な街だなとしばらく眺めていた。

377号線を西に向島の中心地を走る。土曜の朝だが車の量がとても多い。店や住宅が多く、島というイメージではない。やがて海峡沿いとなり進路を南に変える。地図で確認すると海峡の向こうに見えるのは岩子島。海峡沿いのとても気持ちの良い道を進む。やがて正面に赤いアーチ橋が見えてきた。この橋はしまなみ海道ではなく岩子島に渡る橋だ。赤いアーチ橋の下をくぐり、その先の港を抜けると、民家も無くなり空と海と山の風景となる。

空と海と山の風景のカーブを曲がると巨大なつり橋が遠くに見えた。しまなみ海道の二番目の橋、因島大橋。橋の長さ1,270mの3径間2ヒンジ補剛トラス吊橋。主塔の高さは145m。航路高は50mもある。という事は今から50m登らなければ橋を渡れない。

一旦巨大なつり橋の下をくぐり、巨大な橋げたを見上げる。あそこまで登るのかと思うと少しうんざりする。

しばらく進むと自転車歩行者道入口と書かれた看板がある。ここから50mのくねくねの二輪車専用道路をひたすら登っていく。汗が噴き出し呼吸と心臓が乱れる。やがて高速道路が見えてきた。

自転車や歩行者は橋げたの中に専用道路がありそこを通る。鉄骨だらけの橋げたの中をひたすら進んで行く。両側には金網が張ってあり、見晴らしはあまり良くない。

橋が終わったところに料金箱がある。自転車の通行料は50円。無人だがアナウンスが流れ料金を払うように言われる。橋ごとに毎回支払うシステムのようだ。誰もいないので突っ切る事もできるが、四国人としては支払っておこう。

今度は下り坂の専用道を気分良く下りていく。下りは最高だ。317号線に出たところで、ポルノグラフィティ出身の因島上陸。右でも左でも行けるが、因島水軍城が見たくて、もらった地図に従い317号線を南下する。漁港のある集落を抜け、海沿いの道を行くと南西の方向にに進路を変える。右手の山に因島水軍城があるようだが迷ったあげくスルーした。やがて登り坂となりトンネルを抜け下り坂を駆け下りると島の西側に出た。銀行やスーパー、ドラッグストアなどあり生活に不便はなさそうな街だ。

やがて街並みの隙間に斜張橋が広がっているのが見えた。しまなみ海道の三番目の橋、生口橋。橋の長さ790mの3径間連続複合箱桁斜張橋。主塔の高さは127m。航路高は26m。因島南インターチェンジと橋を通り過ぎ、自転車道の入口へ進む。因島大橋と同じように、くねくねダラダラの登り坂を登っていく。原付のおばちゃんに抜かれ、下ってきた原付のおっちゃんとぶつかりそうになる。

息切れしている目の前には羽を広げた様な斜長橋が迫ってきて、しんどさを忘れる。自転車道と原付道に分かれる分かれ道があり右へ進路をとる。この橋は高速道路の脇に自転車道があり、とても見晴らしが良い。

生口橋の上からは橋の下を行く船や遠くに巨大なタンカーが見える。あいにくの曇り空だが、かいた汗に潮風が気持ちいい。橋を渡りきると料金箱があり、そして下りのご褒美が待っている。

下りきったところで生口島に上陸。生口島は島の北側を行くルートと、南側を行くルートがあるが耕三寺が見たくて島の北側を行く遠回りのルートで進む。海岸沿いを進むと工場や埋立地の空き地を過ぎ、やがて街っぽくなったところでローソンを見つけ朝飯を食べていないことに気付く。休憩を兼ねおにぎりを買いローソンの駐車場にへたり込み食う。この生口島はまだ高速道路が開通していない。そのため生口島北インターで車やバイクは一旦降り、島の一般道路を生口島南インターまで走らなくてはならない。そのためか、ローソンには家族連れの車やツーリング中のバイクがやたらあふれている。

平山郁夫美術館の前を過ぎ、耕三寺の門前に到着したが愕然とする。門が閉ざされ中に入ることができない。耕三寺は大阪の実業家、耕三寺耕三氏が母に感謝の思いを込めて昭和10年に建立した新しいお寺。各地の有名な建築物を模して建てられいて西の日光と呼ばれている。しかし文化財として評価が高く、美術品や文化財などたくさん所蔵しており訪れる価値は高い。開門は9時のようだ。あと15分くらいなので待とうかとも思ったが、拝観していたら時間が掛かりそうなので先を急ぐ。

サンセットビーチを横目に進むと、ひょっこりひょうたん島のモデルといわれる瓢箪島が沖合いに見える。名前の通り瓢箪を横にしたような形をしている。

前方に巨大な斜長橋が見えてきた。しまなみ海道の四番目の橋、多々羅大橋。橋の長さ1,480mの3径間連続複合箱桁斜張橋。主塔の高さは220m。航路高は40m。先ほどの同じ斜長橋の生口橋よりもかなりデカい。自転車道の入口は橋のかなり手前にある。また同じように、くねくねダラダラの登り坂を登っていく。この橋も左側が自転車と歩行車道で反対が原付道となっている。

多々羅大橋の主塔は逆Y字の形で天に向かってそびえている。

その主塔の真下には「多々羅大橋鳴き龍」と書かれ、手をたたくとふしぎな事が起こると書かれている。かごの中には拍子木が入っている。手をたたいてみるが特に不思議な感じはしない。かごの中にある拍子木を取り打ってみて驚いた。カーンという音が天に向かって登っていく様に聞こえる。逆Y字の主塔の間を音が反響しながら上に進むためそのように聞こえるようだ。

しばらく鳴き龍を楽しんでいると、カップルのチャリダーが来たので挨拶し先に進む。橋が終わり下りの自転車道を下りて行く。

ついに四国側愛媛県の大三島に上陸した。大三島には大山祇神社がある。山祇神社の総本社で国宝や重要文化財に指定されている武具などを多数有している。しかしルートと異なり一山越えなければならないためスルーする。

大三島の東側の317号線を南下していくと、海の向こうに見えていた伯方島がだんだん近づき、海の幅が狭くなってきた。民家が途絶えたところで地図を確認するとこの先はくねくねと登り坂が続いているようだ。登り坂に差し掛かる手前で海沿いの道となる。道路の左側には高さ50cmほどの堤防があり、景色が良いので堤防に腰掛け休憩した。堤防の真下は3mほどの高さがあり直下に海がある。周りには民家もなく、車も走っていない。静かな時間が流れ、心地良くなり堤防の上に横になった。気が付くと15分くらい居眠りしていたようだ。寝返りをうっていたら3m下の海の中へ寝たままダイブしているところだった。

くねくねと登り坂を上っていくとアーチ橋の大三島橋が見えてきた。しまなみ海道の五番目の橋、大三島橋。橋の長さ328mの単径間ソリッドリブ2ヒンジアーチ橋。航路高は26m。この橋は高速道路が上下1車線の対面通行となっている。橋の幅は4車線分あるが半分ほどしか高速道路として利用していない。残りが広い自転車道歩行車道かというと、そうではなく海側は柵で閉鎖している。橋を渡りきると快適な下りの自転車歩行者専用道路が続き、伯方島に上陸。

伯方島インターを過ぎると右手に椰子の木が並び白い砂浜が広がっている。ここは伯方ビーチという海水浴場で、まばらに家族連れが泳いでいる。砂浜の先には伯方・大島大橋が見えている。

砂浜に降り立つと無性に海に入りたくなり、海パンを持ってくれば良かったと後悔する。とりあえず裸足になり足だけ浸かってみた。火照った足に水が冷たく心地良い。

中途半端ながら海を満喫し、伯方の塩アイスを買う。少し塩味がきいたソフトクリームで、濃厚だが後味がさっぱりしていて美味かった。糖分が疲れた体に効いてくる。

伯方ビーチを過ぎ、伯方・大島大橋へアプローチするくねくねダラダラの自転車専用道路を登っていく。しまなみ海道の六番目と七番目の橋、伯方・大島大橋は、伯方橋と大島大橋の総称で、伯方橋は橋の長さ326mの3径間連続鋼箱桁橋。航路高は26m。大島大橋は橋の長さ840mの単径間2ヒンジ補剛箱桁吊橋。主塔の高さは97m。航路高は32m。伯方橋を渡ると橋の下に見近島のキャンプ場が見える。山影に挟まれた砂浜に面したキャンプ場は隠れ処的で魅力的に見えた。そして吊り橋の大島大橋を渡りヘアピンカーブの自転車道を下り大島に上陸する。

大島の東側海沿いの道を南下していくと対岸の鵜島との海峡に浮かぶ2つの小島が見える。能島と鯛崎島だ。能島には能島城という村上水軍の城跡がある。南北朝から戦国時代にかけて瀬戸内海で海賊衆として活動した能島村上家の水軍城だ。能島村上家の本拠地は伯方島にある伯方城で、ここ能島と鯛崎島に海賊城が築かれていた。

宮窪の街は延々と続く漁港を中心に民宿や魚屋が多く目に付く。路地裏にはかまぼこ屋さんもあり、漁業の町を実感する。海沿いに進めば村上水軍博物館があるがスルーする。宮窪の街を抜けるとやがて登り坂となり汗だくで峠を越える。そして吉海の街に下りて行く。吉海の街を抜けると再び上り坂となり、再び汗だくとなる。

坂を上りきると、しまなみ海道の八番目と九番目、十番目の橋、来島海峡大橋が存在感いっぱいに見えてきた。来島海峡大橋は大島と今治の間の来島海峡に架かる総延長4.1kmにもなる3本の吊橋の総称。来島海峡第一大橋は橋の長さ960mの3径間2ヒンジ補剛箱桁吊橋。主塔の高さは149m。桁下高は46m。来島海峡第二大橋は橋の長さ1,515mの2径間2ヒンジ補剛箱桁吊橋。主塔の高さは184m。桁下高は65m。来島海峡第三大橋は橋の長さ1,570mの単径間2ヒンジ補剛箱桁吊橋。主塔の高さは184m。桁下高は65m。坂の上から見る来島海峡大橋は長大で主塔が6本も並び迫力がある。

今治のゆるキャラ、バリーさんの頭に載っているティアラはこの来島海峡大橋をデザインしたもの。

坂を下り、プレジャーボートの並ぶ港から来島海峡大橋を眺める。三本目の橋の向こうは四国なんだと少し感慨深くなる。

最後の橋へのアプローチ道路を登っていく。最後はぐるりと一周する形で高度を上げていく。ここから4kmも橋の上を走る。先が霞んでいる事がその長さを実感する。しかしながら自分の足で渡っていくと、この橋は途方も無い技術力とお金が掛かっているんだとあらためて感じる。

橋の上は平らと思いきやそうではない。橋の中央部分まで緩やかに登っていて、長いだけにしんどい。家族連れやカップルの自転車とかなりすれ違う。歩いている年配の方もけっこういる。天気も良く最高のしまなみ海道を味わうことができた。

来島海峡大橋を渡りきり、サンライズ糸山を目指す。サンライズ糸山はサイクリングターミナルとなっていてレストランや宿泊施設、レンタサイクルなどがある。自転車のメッカと聞いていたので寄ってみる。しばらく冷房の効いた施設内で休憩した。現在時刻は13時。この後は今治駅から実家のある松山駅までJRで輪行しようと思っていたが、まだ走り足らない気分。松山まで40~50kmほどなので自転車で行くことにした。

波止浜の造船所を眺め、JR予讃線沿いを進む。もくもくと自転車を走らせていると人恋しくなる。友人に携帯で電話を掛けしゃべりながら走る。大西からは国道196号線に合流し、亀岡、菊間と進んで行く。太陽石油の巨大な石油精製コンビナートをしばし眺める。化学コンビナートは美しく見ごたえがある。菊間を過ぎ海岸沿いの国道をひた走り、浅海を抜けると北条。大浦のスポーツセンターに隣接するレストランで冷やしうどんを食べる。国道の向こうは海水浴場となっている。そういえば高校時代にダブルデートでここに海水浴に来た思い出が淡くよみがえった。鯛めしで有名な北条鹿島を眺め、松山へ突入。

松山城をバックに堀端で記念撮影をし、17時ごろ実家に到着。尾道から120kmの自転車旅が終わった。風呂に入ってビール飲んで寝よう。おっと、奥さんへの連絡を忘れたらえらい事になる。明日は高速バスでうちに帰って友達家族と宴会だ。