続 日帰りへんろ 焼山寺アタック その1

前回、一番札所霊山寺から出発した自転車お遍路旅は、日帰りだったので十一番 藤井寺で一旦終了した。次の札所である十二番 焼山寺への遍路道は遍路ころがしと呼ばれる山道で、四国遍路で最大級の難所だそう。急坂や岩場なども通らなければならないようだ。標高720mの焼山寺までおよそ13kmの山道を行くのだが、途中大きくアップダウンを繰り返す。標高40mの藤井寺を出発すると、標高600mの石堂権現まで登りが続き、今度は標高500mの柳水庵まで下る。そこから再び標高745mの浄蓮庵まで登ると、また標高400mの左右内まで下る。そして目的地の標高720mの焼山寺までまた登らなければならない。累計の高低差は1,550mにもなる。たどり着くまでに、元気な人で5時間くらい、ゆっくり歩いて8時間かかるとの事。自転車ではどうだろう。押して担いで行けば、はたして8時間くらいで行けるだろうか。

そんなこんなで十一番 藤井寺から十二番 焼山寺へのルートをイロイロと検討している。本やネットで調べるが、大半の記事が遍路道の徒歩は大変だったという内容だが、自転車で遍路ころがしを越えて行くツワモノの記事も目にする。遍路道を行きたい気もするが、俺のなんちゃってマウンテンバイク(以下N-MTB)は非常に重い。なぜなら安物だからである。軽い高価な自転車を手に入れる事を考えたが、そんな予算は無い。前回、藤井寺の住職にも自転車はやめておいたほうがよいと言われた。いろいろと自分に言い訳をし、自転車での遍路ころがし走破はあきらめ、オンロード(舗装された道路)で行く事にする。

地図で見ると、いくつかルートが考えられる。距離が一番短い県道43号線のルートは途中に峠越えがあり勾配がハンパなく激しい。2番目に短い県道31号線のルートは無駄な上り下りがあるようだ。一番長くなる県道20号線のルートは比較的緩やかに勾配を積み上げ、無駄な上り下りも比較的少ないようだ。しかし、かなりな大回りとなり、距離は県道43号線のルートの2倍以上となる。今回は、前回の終了地点のJR鴨島駅から出発し、再び鴨島駅まで自転車で戻ってくる計画なので、かさ張る輪行バックは必要ない。上り坂を走るため、少しでも軽量化したいので弁当も持っていかない事にする。

今回は早めに自宅を出発し、前回と同じルートで淡路島から大鳴門橋を渡り四国に入る。前回高速道を降りた鳴門北ICを通り過ぎ、板野ICまで行く。板野ICで高速道を降り一旦地道を通り、藍住ICから徳島道に乗り換え、土成ICまで行く。前回に散々、風景がどうとか、環境破壊だとか思っていた高速道路だが、車で走ると便利である。我ながら人間とは勝手なものだ。国道318号線を南下し鴨島駅付近に到着した。

駐車場を探すが付近にコインパーキングが無い。市の施設の駐車場に停めてみた。土曜の朝なので役人は居ないだろうと思ったが、警備員が居たので夕方まで止めさせてもらえるか聞いてみると、駐車OKとの事。無料のようだ。浮いたお金で昼飯を奮発しよう。

焼山寺へは、遠回りとなるが勾配が一番緩やかであろう県道20号線を登るルートを選んだ。距離は35km。四国遍路最大の難所というが、ルートラボで見ると勾配がきつくなるのは30km地点から。そこまではダラダラとした緩やかな坂道のようだ。

鴨島駅付近から今回のルートの山へのアタックポイントへは、東へ7kmほど行かねばならない。国道192号線が東へ向かっているが、ここはやはり旧街道を行きたい。駅前商店街から一旦南に向かい、県道240号線、いわゆる旧伊予街道を7kmほど東へ進む。田畑と民家、旧家、農家が点在する旧道を、スピード重視で走る。途中で国道と合流し2車線道路を走る。JR徳島線の線路と並行してしばらく走ると、県道20号線の標識が出た。標識の横に焼山寺の案内板が出ている。ここから27kmとの事。距離は大したことないが、ほぼ全行程で上り坂なのが憂鬱だ。

県道20号線を右折して直線の2車線道路を進む。前方にカーブが見えてきた。そして上り坂となっている。四国別格二十霊場 第ニ番札所 童学寺がこの付近にあるはずなのに見落としてしまい、勾配を踏み込み登って行く。やがて木々に囲まれ、山の中の様相となる。やはり坂道はつらい。

トンネルが見えてきた。新童学寺トンネル。長さは641m。トンネル内は平坦なので、走りながらしばしの休息となる。車にこちらの存在を早く分かって欲しいため、リアにはテールライトを2個付けている。1つは点灯、もう1つは点滅させる。対向車にも存在を知らしめるためにフロントにはライトを2個付け、1つは点灯、もう1つは点滅させる。トンネル内に歩道はあるものの非常に狭いので危険だ。お遍路中に事故したらご利益も何もあったもんじゃない。

無事トンネルを抜け、下り坂となる。緩やかなスラロームの下り坂を気持ちよく下っていく。しかし今からの目的地の焼山寺は標高710mの山中だ。上り坂手前の標高は10mなので、高低差ジャスト700mを稼がなくてはならない。下り坂は快適だが、今日はせっかく登って貯めた標高の貯金を使うのがもったいない。

坂を下ると歯ノ辻という集落を進む。集落を過ぎると鮎喰川が左に見えた。橋を渡った対岸に集落があるが、橋は渡らず直進し山に入って行くかのような道を行く。林の中の道を過ぎると、また集落が現われる。集落を過ぎると山裾の川沿いを進み、そしてまた集落が現われる。そんな地味な繰り返し。

林の中の道

水はきれいだ。

絶景かな。

つり橋もある。

対岸に小じんまりとした集落。

祭りをしてると思いきや、すべてカカシ。昼間は良いが、夜中に通るとどうだろう。

いくつか目の集落におばあちゃんがやっている日用品店を見つけ、寄ってみることにした。おばあちゃんの店におばちゃんが買い物に来ている。買い物というかおしゃべりに来ていると言ったほうがよいか。店内は日用品がポツポツ並び、パンやジュースも売っている。とりあえず目についたアンパンを買った。賞味期限はまだ大丈夫だ。店先でアンパンを食い、水を飲む。アンパンはうまいが家から持ってきたペットボトルの水がなんだか不味い。店を出てきたおばちゃんにどこまで行くのか聞かれる。焼山寺まで行くと言うと、「ありゃ大変」と言って去っていった。アンパンを食い終わり、出発する。

鮎喰川は大きく左右に蛇行しており、道も川に沿って大きく左右に蛇行している。山は険しく、川の両岸のわずかな隙間に集落が点在している。緩やかなアップダウンを繰り返しているが、標高はそれほど上がっていない。

周囲の景色はますます山深くなり、駒坂の集落を過ぎた辺りの絶景ポイント。

清流かな。

その先の本名の集落を過ぎたところから、遍路道は山の中へ進んでいく。調べると、標高455mの玉ヶ峠を越え、一旦標高240mまで下げ、そこから一気に標高710mの焼山寺に登るルートで、こちらから進むと逆打ちとなる。現在地の標高は85mなので、遍路道を行くと累積高度は840mを登らなければならない。昔はここから先の川沿いの道は無かったようだ。今は山裾を削り川沿いに道がある。しんどいので、計画通り神山町の役場付近を通る大回りのルートで行く。遍路道は川沿いの道の右手を上へ上へと続き、そして山上へ消えていった。

山上に集落が見える。生活するのに不便だろうに。でもストレスフリーで生きていけそう。

ところで今日は飲料水を自宅から持ってきている。尼崎のコストコで大量買いしたミネラルウォーターだ。しかし、なんだか味がまずい。カビ臭も若干する。不味い、不味いと独り言を言いながら飲んでみるが、我慢できない。さっきのおばあちゃんの店で水かお茶でも買っておけば良かったと後悔する。次に店か自販機あれば調達しよう。しかし、集落が急に無くなる。川の両岸に山が迫り、平地が無いのだ。対岸には道すらない。だから遍路道はわざわざ峠越えをするのだ。水が飲みたい。しかし手持ちの水は不味くて飲みたくない。店が無い。自販機もない。民家も無ければ人もいないし、車も通らない。秘境感たっぷりの道をずいぶん進んだように感じる。

橋を渡り対岸に強制的に進むと集落が現われた。しかしこの集落にはJAはあるが、商店も自販機も無い。そしてまた人家が無くなった。その先の集落は、木工所しかない。

そしてまた人家が無くなり、絶景が現われた。山深く緑がまぶしい。川幅は狭まり渓谷となっている。水は深い緑色を呈しているが、水底の岩肌は透き通って見えている。このルートは正解だったな。などと思いながら、写真を撮る。しばし水が飲みたいことを忘れていた。

渓谷を抜けると、盆地が開けた。生コン工場の横を抜け、橋を渡る。農村地区を行くと、女子中学生らしき女の子が歩いている。久しぶりに若い子を見たような気がする。「この辺に飲み物を売っているとこ無いかなぁ」、と聞いてみる。進行方向を指差し、「あっちにコンビニがあるよ」と、にっこり笑顔で教えてくれた。集落を抜け、再び橋を渡る。国道438号線を右折し、しばらく走る。

サークルKを発見。久しぶりにコンビニを見たような気がする。水とおにぎりと、「きのこの山」を調達。駐車場にへばりこみ、水を飲み、「きのこの山」を味わう。チョコレートの甘みが脳を刺激する。ここまでは大した坂道は無かった。この先はどんどん標高を上げていく急坂になるはずだ。「きのこの山」でエネルギーを補充し、サークルKを後にする。

国道沿いの「ショップかたやま」を右折。さっきコンビニに寄ったが、地元の経済活性のため、ポテチのりしおを買う。地方に行くと全国チェーンの店がはびこり、地元の個性あるお店が衰退している。チェーン店は安心感はあるが、面白みが無い。期待と喜びを求めて、勇気を出して地元のお店に飛び込もう。

鮎喰川を渡る。石垣の上に建つ農家の手前を左折し、いよいよヒルクライム開始かな。が、山は深いが斜度はそうでもない。気付くと前方にいつのまにかチャリダーが走っている。ロックオンして進む。わざと追いつかないスピードで進む。プレッシャーを掛けたくないし、掛かりたくも無い。

民家が点々と目立ち始めたその先の右手に、遍路石が立っている。鮎喰川沿いから分かれ、標高455mの玉ヶ峠を越えてきた遍路道とのご対面である。付近の林業の人が置いたような幅50cmほどの小橋が掛かり、その先は細い獣道のような山道が山中に消えている。

へんろ道を歩いて少し入り込んでみる。道幅は狭く傾斜もかなりきつい山道だ。雰囲気を味わいUターンし、再び焼山寺を目指す。四国遍路は手段やルートによって大きく難易度が違ってくる。現代の整備された車道を行けば、峠にはトンネルがあり、川には橋が掛かり、海岸線には舗装された道が続く。しかし昔ながらの遍路道を行くと、砂利道、土道、石畳、坂道、つづら道、石段、崖道、断崖絶壁。そして次々と現れる峠は山の頂上まで急勾配を這うようにして登らねばならない。これは本当に大変だ。まさに修行である。昔の人は本当にいつ死んでもおかしくないような道のりを通っていた。険しい道を行き難易度が高いからご利益が高い訳でもないし、バスツアーなんかで難易度が低いからといってご利益が薄い訳でもない。ご利益を望むなら願いと同じくらい日ごろの努力が必要なのだ。

鍋岩はかなり山奥の集落だが、お遍路や参拝者が多いのか、みやげ物屋や立派な食堂施設がある。どうやら大型バスはこの先、道が細くて進めないのでここからマイクロバスやワンボックスカーに乗り換えるようだ。バスツアーのお遍路さんもなかなか大変だな。

鍋岩の田中食堂からの車道は、焼山寺まで4.8kmの距離で高低差463mを登っていく。平均斜度が9%なので、緩やかなところは7%、急なところで15%くらいなのだろう。

いっぽう遍路道は山を直線的に登っていくので距離は1.9kmと短いが、その分斜度は平均23.6%にもなる。帰りは遍路道のオフロードダウンヒルを楽しもう。

鍋岩集落の田中食堂の手前に架かる橋からの眺めはなかなか良く、岩肌を川の流れが白く細く水しぶきを上げている。しばらくボーっと眺めつつ、この先の登り坂に思いを馳せる。橋を過ぎると辺りは杉林となり、坂道が急勾配になってきた。自転車のギアを落とし登って行く。

ヘアピンカーブを曲がると、右手に遍路道の立て札が現われた。入って行きたい誘惑に駆られるが舗装路を進む。

真っ直ぐに伸びる杉の幹が整然と並ぶ杉の森の中の道を登って行く。自転車のギアをさらに落とした。ギアを落とせばペダルは軽くなるが速度が落ちる。だんだんと心拍数が上がり、息が荒くなってくる。

鬱蒼とした杉林を抜けたところに焼山寺の看板があり、あと4kmと書いている。すでにバテバテ。この先も、全編登り坂に違いない。

山が開け、素朴な山上の農村地帯となり、周囲の山並みが見渡せる。しかし、この付近、登り坂の斜度がきつくなってくる。15%くらいあるのかもしれない。歩くほどのスピードを維持する事もままならない。自転車を降りて押したい衝動に何度も駆られる。斜度を少しでも緩くするため、道幅を最大限使い右へ左へとくねくねと進めていく。車が通り掛かり、避けるためついに止まってしまった。車の中の老夫婦のお遍路がこちらをアホを見るような目で見ながら通り過ぎてゆく。再スタートを切るも、脚力が不足している。もっと鍛えねばと思いながら、もう2~3段、軽いギアがあればな、とも思う。

石垣の上に立つ杉の木が見えてきた。何だろう。

心臓が喉から出そうになりながら、杖杉庵に到着。心が折れそうになる場所に霊場があるのか。よくできたスタンプラリーだなと思った。が、今のルートは逆打ちとなる道筋だから違う事に気付く。

この杖杉庵は、衛門三郎の伝説が残っている地。衛門三郎の伝説を皆さん大きく誤解しているが、衛門三郎は弘法大師さんに無慈悲な事をしたからバチがあたり子供が次々と死んだ訳ではない。普段から無慈悲な事ばかりしていた衛門三郎に度重なる不幸が訪れ、耐えかねて弘法大師さんに救いを求め、四国を探し歩いたというのが伝説の真実だろう。弘法大師さんは無慈悲な事に対しても大きな心で受け止めて下さるはず。ましてや衛門三郎の子供の命を次々と奪うような事などなさるはずが無い。

杖が大木となったと伝わる杉の木が目につく。なるほど立派な杉の木ではある。赤い屋根の杖杉庵を後にし、さらに上り坂を進む。

相変わらず歩く速さほどでしか進めない。やがて再び周りは杉林となり、左手にへんろ石が現われた。歩行者近道と書かれているが、へんろ道のほうが随分と傾斜がきついので車道と書かれたほうを進む。どれだけ登れば着くのか、どれだけカーブを曲がれば着くのか、どれだけヘアピンカーブを過ぎれば着くのか。とても長い。地図を確認すると、お寺はすぐそこなのだが、九十九折りの道のりは長い。

再びへんろ道が現われる。どうやら、へんろ道は直線的に山を登って来ているようだ。斜度は今走っている道の比ではないはずだ。なのでここからのへんろ道もパスする。何とか自転車を降りずにここまで来た。

ヘアピンカーブを過ぎ次のカーブの途中に、またへんろ道が現われた。休憩がてら地図を見ると、お寺はもう目の前だ。最後のへんろ道のようなので、森の中に続くへんろ道に入っていくことにする。傾斜もあり、小石が混じり枯葉が重なっている道なので、足腰が弱っている状態の今、ハンドルを取られると斜面から転落しそうなので、自転車を押して上がる。だんだんと傾斜がきつくなってくる。砂利道に変わってきた。とても歩きにくく、自転車を押しているのでかなりしんどい。

杉林を過ぎると斜面の上のほうに建物が見えてきた。右側には桜の木が急斜面に植わっている。歩幅はいつもの半分以下だ。